【8人殺傷 論告(5)】死刑判決は「強盗殺人犯に金を与えるのと同じ」 弁護側が必死の弁論
《さらに、弁護側の最終弁論が続く。金川真大被告(26)はじっと座ったまま前を見据え、一定の間隔で目をしばたたいている》
弁護人「死刑適用をめぐる量刑論では、最高裁昭和58年7月8日のいわゆる永山事件判決があります。この判決以降の死刑判決事案では、ほぼ例外なく、この判例が示した適用基準に沿って量刑事情が検討されていると言ってもいいでしょう」
《永山判決では、犯行の罪質、動機、重大性、社会的影響-などを考慮した上で、「罪刑の均衡」および「一般予防」の見地からもやむを得ない場合に、死刑が許される、とされている》
「以下では、過去の似たような事件と比較しながら検討していきます」
《弁護人は「少なくとも外形的に似ている」として、池袋無差別殺傷事件、下関無差別殺傷事件、池田小学校無差別殺傷事件-の3事件を例にあげた》
弁護人「本件の動機はきわめて特殊で、過去の同種事案とは決定的に異なっています。過去の事例が、おおむねすべて、社会への復讐(ふくしゅう)心や鬱憤(うっぷん)、不満を爆発させるという動機であったにもかかわらず、本件の被告人の場合、純粋に死刑になることそのものを目的として犯行を敢行されている。この点がきわめて大きな特殊事情です」
「いずれにせよ、死刑になりたいという動機は、人を複数殺害したら死刑にするという法規範に合致した動機であり、少なくとも何らかの自分勝手な欲望を満たす、という通常の動機とは、異なっております」
《過去の3事例は、社会に対する不満が動機であったが、金川被告は『死』そのものを望んでおり、そこが大きな相違点だと主張しているようだ》
弁護人「『金のために人を殺す』という強盗殺人と、本質的には変わらない、という見方もできます。被告人を死刑にすることは、金のためなら人を殺すという人に金を与えるのと、全く同じことをすることになります」
まあそうなんだけど、んじゃどうしたらいいのかという身も蓋も無い疑問が頭に浮かぶ。とろ火でじわじわ炙ればいいのか。
弁護士も仕事なので、弁護すること自体を非難してはいけない。おいらとしては必ずしも殺す必要は無いと思う。一生檻の中にいてくれればそれでよい。
