先日から話題になっている第28期東京都青少年問題協議会議事録ですが、読んでみたら予想外に面白かったので紹介してみる。
〇新谷委員 資料3の①のところですが、実在しない児童について、それがどうなのかという議論があるということですが、一般的に女性蔑視とか、この表現とか、こういうものは女性を蔑視しているということで、かなり糾弾されたり指摘されているのに、子どもだと、子どもが大人に凌辱されたり、性的に扱ったりしているものが、児童蔑視というのも変ですけれども、十分、児童の人権とか人格を否定するものであるので、社会として、そういったものは糾弾していく、おかしいという姿勢を示すのは当然だと思います。何で子どもだけ、特定でないとそういったものが許されるのかというのが全く理解できない。女性蔑視、それと同じだと思っております。
児童ポルノという、極端な究極の表現ですので、アニメであっても漫画であっても、そういったものは社会として示していくべきだと私は思います。それに関連して、論点の資料1ですが、これは参考資料ということで言及することはないと思うんですが、最初のところ、1の⑵「アニメ・マンガにおける青少年の過激な性行為等の描写について」、これも同じですが、一番下の〇に、アニメ・マンガで青少年の性行為等を描写する者の言い分(カタルシス理論や、性同一性障害と同じだというスタンス)にも留意すべき」とありますが、これがこの協議会の姿勢ならば反対です。それがあるというのならば、もう一つ並べていただきたいと思います。
こういったアニメがあるから、そういった人たちが犯罪を起こさないとか、児童を性の対象としていかなければ生きていけない人たちのために留意しなくてはならないから、そういったアニメや漫画を許すというのは本当におかしいことで、そういった視点があるのはいいですが、もう一点、そういったアニメや漫画があるからこそ、そういった人たちの性向といいますか、傾向を助長してしまうという点もあるという視点は加えていただきたいと思います。
実際にそういったものを見まして幻想を持って、どんどん、子どもはこういったものである、こういったふうにしていいんだ、子どもはこういう反応を起こすんだというものを信じてしまって、実際に子どもにいろんな性行為を行って、実際してみたら漫画と違う、大騒ぎする、それから、かわいいかわいい子のはずが、その犯罪者、加害者にものすごい暴言を吐いてプライドを傷つけた、だから殺害した、そういった事例がたくさん警察のほうから報告されていると思うので、プラスとマイナスの面は両方、論点としても加えていただきたいなと思います。実際の犯罪を誘因したり、惹起したり、そういったものを助長する面もあるということを併記していただければありがたいなと思います。
新谷珠恵さんは東京都小学校PTA協議会会長だそうです。お前のほうが現実と漫画の区別がついていないんじゃないかと不安になります。んで、これに対する前田雅英部会長の返答。
〇前田部会長 ありがとうございました。二つの点、後者のほうですが、これは外に出すのが非常に難しくて、幾つかの審議会、国レベルでも東京都でもそうだったんですが、児童ポルノみたいなものがあるから幼児に対する虐待的なものが増えるのか、増えないのか、データが有るのか、無いのか、エビデンスを示せみたいな議論が必ずあるわけですね。
これに関しては警察で、こういうものがあったからと、奈良のやつなんかそうなんですけど、それに刺激されてやったということがあることは事実で、それは新谷委員もおっしゃるとおりなんですが、統計的に、こういうものがあるから増えたという立証は、データとしてはそんなに明確には無いんだということなんですね。無いから影響していないというのも間違いだと思うんですけれどもね。
ただ、一つだけ、そういうことに消極的な学者の世界でもはっきりしているのは、アメリカの研究でも、こういう性のことで、今のご指摘にもありましたが、女性とか子どもは虐待されると喜んでいるんだという種類の描写、これは明らかに助長するということははっきりしている。だから、これは禁ずるべきである。これはほぼ異論がないのだと思いま
す。
ただ、ポルノがあることでとか、幼児姦みたいなものがあるから幼児姦がふえるという立証もないし、もっとないのはカタルシス理論で、これがあるから犯罪に至らないんだと
いうのは、そのグループの人たちはおっしゃるけれども、エビデンスは何もないと思いま
すね。
ですから、あるところから先は水かけ論になってしまうんですが、最後は、法律の世界では常識で、こういうものがあったら増えるという人が多い感じがあれば法的に禁止するのは当然。そのときに統計データがなければ禁止できないというのはナンセンスだと思い
ますね。
ただ、漫画家団体の人たちは、統計データが無いのにそういうことをする、そういうことを主張している学者のグループというのはインチキであるとか、めちゃくちゃだと。私なんかもやり玉に上げられて10万単位のメールが来ちゃったりするんですね。
ただ、今申し上げた線が大体コンセンサスで、この問題をやっている人たちの、積極の側も消極の側も共通して認識しているところで、確かに新谷委員ご指摘のとおり、カタルシス理論みたいなものだけを強調するとずれてしまうのかなという感じはいたします。
もう一つ、さっき申し上げた具体的な施策のところですけど、幼児に対して性交するような漫画をどのように扱うかというところで、先ほど吉川委員がご指摘になったところですけれども、片一方で児童ポルノは、後藤委員も主張されるように、現に被害者がいて、写真を写された人間の人格の侵害を中心に考えろと。それだと、必ずしも性器が写っているかどうかは重要じゃなくてということだと思うんですね。
それは非常に大事なんですが、片一方で、風俗とか何かのほうでいくと性器がどれだけ写っているかで、都庁の側の文書も、民主党の中の文書と非常によく似ていて、民主党は、性器が大写しになっていないものは児童ポルノから除こうという提案をしているんですね。それは非常に危険で、全裸の幼児の写真はやっぱり児童ポルノなんだと思うんですね。性器が強調されていなくても。
だからといって、性器が強調されたら、それは175条に当たらない限り、漫画で、警察の取り締まりなんかでいくと、性器が露骨に書いてなきゃ175条にならないんですよ。幼稚園児と性交している漫画でも、そこがぼかしてあれば175条にならなくて、175条でやればいいじゃないかというと、そこはスポンと今、落ちている状況なんですよね。それは警察をあまり非難してもかわいそうなので、いままでのわいせつ基準だと、性器がどれだけ露骨に何割ぐらい写っているかという、やっぱり構成要件に合うための明確性が要求されちゃうので、そうなっちゃうんですね。
ただ、児童ポルノの場合には、そこが克明に描写されてなくたっておぞましいものというのはあるんじゃないか。そういう方向で議論を前に進めていかないと、いつまでたっても、この間見せていただいてやっぱりびっくりしたんですけど、小学生低学年とか幼稚園児との性交みたいなものが平気で描かれていて社会に出ているというのはやっぱり異常ですよね。
児童ポルノという意味では、本人がいないんだから法益侵害がないと。片一方では、社会公益、法益に対する罪でわいせつだというと、性器が描かれていないんだからわいせつではない、だから売っていいんだ。
これは18歳未満に売っていいかどうかという問題よりは、世の中でああいうものを販売することを許していいかで、そうすると、今、取り締まるというか、ツールとしては18歳以下でやるしかないんですが、そもそもそういうものを広く売る権利があるという主張はないような気がするんですけれども、その辺のところが今後一つ課題になっていくかなと思いますが、これは漫画家集団の虎のしっぽを踏む行為ですから、これは大変慎重にやらないといけない。ただ、本質はそういうことだと思っているんですけどね。
部会長はなんかよっぽど漫画家集団が憎いようだけど、10万通も漫画家からメールが来るかねw 規制をするために法律を作るというのもおかしな気がするんだが、どうもなんつーか規制をしたい! という思いが強すぎて反対する人間は少数派と決め付けたい思いが透けて見える。邪推なんだろうけど。
〇新谷委員 この前も感じたんですが、出倫協の方がおっしゃった、文学でこういったふうになっているから漫画もいいんだと。漫画と文学は全く違うと思います。
アニメ、漫画と言っているので、文学の世界でどういう表現が認められて、世界的な作家がどうというのは全く関係がない。今回はアニメ、漫画に特化していますので、文学として性表現がどうのこうのということと全く違うと思います。そこは分けて、それは違うとはっきり言えると思うんですね。文学の問題を、アニメ、漫画の問題に持ってくるのは、この前もおかしいなあと思ったので、それは違うと思います。細かい議論がたくさんあると思うんですが、何でそういった人のことまでそんなふうに考えなきゃいけないのかなと思います。
規制とか法律というのは、公共の福祉の全体の、国民全体にマイノリティとマジョリティがあると思います。マイノリティに配慮しなくてはいけないということは当然ですが、それのプラスとマイナスが相反する場合が多い。そういったときにどっちをとるのかというと、全体の福祉というかプラス、それをとっていくというのが、行政というか、全体のスタンスではないかと思うんですね。
今回、信頼されるほう、危険が及ぶ、不愉快に思う、子どもの被害そういったほうのマ
イナスと、そういった特別な方の楽しみというか、どっちに重きを置くのか、軸足をどこに置くのかというところは、全体としてガンと持っていていいと思うんですね。マイノリティに配慮しすぎたあげく、当たり前のことが否定されて通らないというのはどうしても私は納得できない。
特にこの問題は、子どもの権利条約とか人権とかやってるわけですよね。先進国、ほかの国はちゃんとそれにならって、子どもの人権とか権利とかいろいろなものに配慮して、法規制や条例とかがある現実の中で、日本だけがそういうことに配慮しすぎて進めないと
いうのはすごく不思議なので、細かい議論も大事なんですが、そういう団体の方たちに対する説明とか調査データもそうなんですが、極論を言うと、示す必要もないくらい当たり前、正論でガンと言っていいのではないかなと、そのくらい強く私は思います。
なんかもう新谷無双。児童ポルノの二次元規制に反対をしている人というのは幼女の裸や性行為が見たい人もいるだろうけど、それよりもフィクションつまり人間の頭の中に法律を突っ込んで、こういう考えは法律違反とすることに対する危惧が強いと考えている。新谷はとてもそこまで頭が回らないようだけれども、新谷珠恵の生存権を認めないとマジョリティが決めちゃったら諾々と従うのだろうか。
で、この後好調に飛ばす新谷に引っ張られたのか皆さん柵越え連発。なかでもすごかったのはこの人。有限責任中間法人日本誕生学協会代表理事の大葉ナナコさん。
〇大葉委員 いろいろ参考になる意見がたくさんで、きょうは本当に勉強になります。前回お休みさせていただきましたので、ついていけてない部分もあるかもしれないんですが、私のほうで、こちらも対策に盛り込まれたらよいなという意見を述べたいと思います。
資料3の④の真ん中のあたりで、「不健全図書の指定基準を満たすに至らないものでも、低年齢の青少年が保護者の指導を受けずに講読することで、性に対する誤った認識を抱かせるおそれがある」という一文で、「保護者の指導を受けずに」とあるんですが、私も今、毎週のように中学校や小学校のPTAに呼ばれて、全国の講演会に回っているんですね。
実際には保護者のほうで性に対する誤った認識を阻止する力が今、非常にない状態になっています。逆に、どのように正しい認識を持たせてあげたらよいかというガイドラインのようなものもこの国には不在ですので、子どもがそういったポルノのものとか、児童ポルノのものじゃなくて、子どもにとって害があるものを入手しているのを見つけたときに親がどのように指導すればよいのかというところもわからないでいる現状があります。
そのあたりを親御さんたちはどういう対策をとったらよいかということで、いろんなアイデアやアクションプランを伝えてほしいということで全国を回るんですけど、そのあたりも、地域や都内でも、保護者の子どもたちを守る力に火をつけないと、制裁論とかルールとか、何度か質についての議論をこちらが進めている間に量がどんどんふえていくことを危惧していますので、正しい認識を広めるためにも方策というか、対策がつくれたらよいのではないかと思っています。
先ほど、性同一性障害と同じような位置づけで見ていくことが大事という議論があったんですが、大変深いところになるとは思うんですけれども、どう考えても社会からの集団暴力になってしまう、このまま放っておくと、被害にあった子どもたちに対して生き殺しというか、集団暴力以外の何ものでもないと思うんです。そのために何をするかというところで、こういったものが世の中にはあるよね、不潔で気持ち悪いし本当に嫌だけどあるよねというところが現状、育児をしている者たちのリアリティで実感です。
そこで、例えば痴漢がまちにいるのでこうやって気をつけましょうというふうに連絡網が回ると、保護者のほうも、こういうのがあるんだ、こういうふうに守ればいいというアクションプランが明確になるんですね。
例えば児童に対する児童ポルノの愛好者の人たちが児童に悪影響を与えるとか、漫画のひどいものが出ているといったら、その人たちはある障害を持っているんだというような認識を主流化していくことはできないものかというのを、お話を聞いていて思いました。
漫画家の方たちがすごい議論を持ってきて、何とか法制化するという人たちに対して攻撃をするということだったんですけれども、どう考えても暴力で、エビデンスを出す時間もない、必要もないぐらい暴力ですね。
人権という言葉にくるまっちゃって、宮沢りえだったらいいんじゃないかとか、結局あいまいになっていくので、子どもの人権って何か、子どもの権利条約は何と言っているかというと、世界の子どもたちが安心と自信と自由を持って未来に夢を持てるようにというような具体的なことが言われているわけですよね。子どもの人権侵害をしたり、子どもに暴力を振るったりする人たちに対しての社会の認識をもっと作っていき、保護者の人たちも毎日、子どもたちを守ることができるような具体策も出していく必要があると思いました。
性同一性障害という同じ位置づけで、子どもたちに対する性暴力を好む人たちを逃がしていくとしたら、障害という見方、認知障害を起している人たちという見方を主流化する必要があるのではないかと思うんです。
ただ、刺激とか好みとか、髪の毛の長い女性が好きか、髪の毛の短い女性が好きかと同じようなレベルで語られているのが、親としては本当に許せないと思うんですね。子どものアニメだったらいいとか悪いとか以前に、この国は子どもたちを見殺しにする。これを許していることで、子どもたちの精神死、社会死状態を助長していくことになりかねないと思いますので、対策論の中に、そういった障害、認知に対して障害がある、感性だけだったら、暴力だということがわかっているんだったら、証拠もないのにという議論を突破できるような対策も考えていきたいなと思いました。
ちょっとまとまらなくなってきてしまったんですけれども、そういった性的に逸脱した行動に出るレベルとか傾向とかあると思うんですが、これらの被害を与える人たちの傾向、生育歴とか、神経伝達物質とか、どんな症状があるのかということで、医学的な面からも、そういった人たちの属性を明らかにして、保護者の人たちに、痴漢が出るから、あのエリアは気をつけましょうと同じように、今、私たち保護者が育てている子どもたちの中にも、将来、児童への性虐待をする子どもたちが育っていくことを防ぎたいと思いますので、長距離的なものと短距離的なものと、広範囲のものと、狭い範囲のものとで分けて、性に対する誤った認識を抱かせることを防ぐために、正しい認識はどうやって持たせたらいいのかというところも、東京都がリーダーシップをとってつくっていっていただきたいと思いました。
長く、広範囲にわたってしまいましたが、意見です。
大葉ナナコさんのような言論弾圧者を出さないためにも傾向、生育歴とか、神経伝達物質とか医学的な面からも調べる必要があるだろ。んで、大葉ナナコの出没エリアはきちんと行政が管理して、周囲に悪影響を及ぼさないようにしなきゃいかんだろ。エビデンスなんて関係ねえ。
とか言われたらどう思うかね? 子供のためなら何でもしていいわけじゃない。