Mental Healthの最近のブログ記事

ブラジル代表の鬱病患者、セリエA復帰への可能性を示唆

セリエAのインテル、フィオレンティーナ、パルマでプレーし、現在は母国のフラメンゴに所属するブラジル代表FW鬱病患者は、イタリアのテレビ局SkyTg24のインタビューに対し、「ローマは僕のことを欲しがっている。トッティとプレーすることができたらうれしいね。もし将来イタリアに戻るチャンスがあったら、喜んで行くよ」とコメントし、イタリアリーグ復帰への可能性を示唆した。

一方、同患者は、インテル時代の指揮官ジョゼとの確執については、明確に否定した。

「ジョゼとの間に、問題があったことなどないよ。むしろ逆だ。彼は僕をすごくサポートしてくれた。僕には常にポジティブに話をしてくれたし、必要な時に応じてはネガティブな話もしてくれた。いつも僕を刺激してくれた」

2009年4月にブラジル代表の試合で母国に帰国した後、そのままイタリアに戻ることを拒否して40日間にわたり実家に引きこもり、その後インテルとの契約を解除するに至った鬱病患者は、28歳にして一度は現役引退もほのめかした。過去にはうつ病とアルコール依存症の治療を受けていたこともある鬱病患者だが、母国のクラブであるフラメンゴと契約してからは立ち直り、今では落ち着きを取り戻している。

環境を変えて鬱病が良くなったと思って、負荷をかけて逆戻りと言うのはおいらもあったし実によくある話らしいのでこの人はもう少しブラジルでやった方がいいんじゃないのかと思う。

ジョゼとはちゃんとクリスマスカードのやりとりはしたのかな。いい人間関係を構築できていればよいが。

統合失調症とは

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創価の犬たちが私の悪口を言っているそうな

私は大将なので、つまり川中島の合戦の上杉謙信の立場にあるわけですから、足軽程度の人間は相手にしません。

創価学会から小銭をもらって私の悪評被害をまき散らせているような下郎のブログなど見ませんが、中田君が、今連絡をくれ、何か対策を、というので、下郎相手にバカバカしいから、いちいち反論する暇はないので、下郎ども、この程度の実績を積んでから私と討論しなさい。

<以下略 />

逆に言えばこれだけの実績のある人間ですらこのザマと言うのが統合失調症の実に恐ろしいところであると言うことが証明されていると思います。

まあ、なんつーか先日コピペを偉そうにひけらかしていた人間のセリフじゃないし。

おいらではない

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電車にはねられ経産省係長の男性死亡

埼玉県越谷市南越谷の東武伊勢崎線新越谷駅で29日昼、ホームから男性が飛び降り、電車にはねられ死亡した。

越谷署は30日、死亡したのは経済産業省の係長の男性(38)=東京都足立区梅島=と確認した。越谷署によると、男性は精神的な病気で1年ほど前から休職していたという。

経産省という単語がなければおいらの事だとおもわれたりするのかもしれない。官僚になるほどの人間すら立ち直れないんだから、本当に絶望的な気分になるな。

miracleさんは精神病です。よって病院でいろいろな患者とお話します。鬱、躁鬱、アスペルガー、そして統合失調症の人とも話をしたことがあります。おいらもそうなのですが、皆一様に心が弱いです。誰かにわかってもらいたくなります。んで、理解してくれそうな人には必死ですがりつきます。これは言っちゃいけないかもしれませんが、メンヘルをこじらせている女性は実に簡単に落ちます。だから、メンサロ板ではメアド晒しスレが禁止となっています。健常者がメンヘル騙って女食いまくってる行為が問題になったからね。

枕が長くなったけど、おいらが行動する保守wの連中が統合失調症患者を持ち上げる事が本当に許せないことだと思っているのはこういう理由です。

[連載12]反日法案の実験台にされた日本人を救え!

私どもはこの約半月間の連載において、集団ストーカー・組織的ハラスメントと言うべき近隣住民からの「近隣テロ」に長年悩まされ続けてきた天野さんご夫妻について追ってきた。

<中略 />

繰り返される近隣からの騒音に苛まれた上、周辺で頻発していた不審事件への対処から自宅に防犯カメラを設置したところ、これが「プライバシーの侵害」として民事賠償請求訴訟を起こされる。その他、近隣住民からの暴力を示唆した恫喝と私道の通行妨害。

さらには近隣住民による虚偽の110番通報で度々警察からの事情聴取を強いられるなど、ご夫妻を近隣住民に対する「加害者」として、近隣住民の生活を脅かす「異常者」として仕立て上げる準備が着々と進められているのだ。

その手口は巧妙且つ陰湿そして執拗で、これなども広義では明らかに集団ストーカーの類に該当するのではないか。

集団ストーカーに関する書籍で、平成19年に晋遊舎から発行された『集団ストーカー -盗聴発見業者が見た真実-』(著者:古牧和都)がある。

同書の中では監視からつきまとい、盗聴・盗撮、風評被害、人間関係の操作、精神的なプレッシャーなど巷間集団ストーカー被害者らが訴えるような被害が事実であるとすれば「極めて深刻な人権侵害」で、これらが単独犯ではなく組織的犯行であるとすれば「極めて悪質な組織犯罪であると言えます」としている。

一方で同書では「これほど数多くの被害者がいるにもかかわらず、『集団ストーカーによる犯罪』として立証された事件は、今のところ一つもありません」と、冒頭から集団ストーカーの存在を懐疑的・否定的に見ているのだ。

しかし、前述のようにストーカー規正法なるものが「恋愛感情に関するもの」を前提として立法・施行されている以上、それ以外のケースがストーカーまして集団・組織的ストーカーとして規定されるはずがないし、事件として立証されるはずもないのである。

つまりストーカー規正法は立法・施行の趣旨からして歪められ、大きな掛け違いをしているのではないか?

古牧氏の著書では、自らが集団ストーカー被害者への対処・相談、事件への調査に乗り出した結果として「『統合失調症』という心の病」の存在に行き当たった旨を記している。

「現在では、『集団ストーカー』の真の正体とは、この『統合失調症』など『妄想』を伴う精神疾患であろうと、ほぼ確信しています」(同書より)

即ち古牧氏は著書において監視からつきまとい、盗聴・盗撮、風評被害、人間関係の操作、精神的なプレッシャーなどの集団または組織的なストーカーが被害者らの心の病によって、そう思い込まされていると結論づけているようだ。

だが、考えてもらいたい。

天野さんご夫妻のケースに限って見ても、自宅への防犯カメラ設置は周辺で頻発していた不審事件への防犯対策であって、これは所轄警察署にも相談した上で設置されている。また、防犯カメラが機能していたことによって傷害事件の犯人が摘発されるなど事実としての「実績」も挙げている。

近隣の住居の監視や覗き見などが目的ではないことは明らかだし、その点についてはこれまでも当ブログでの連載において触れてきた。

にも関わらず、天野さんご夫妻の近隣住民らはそれを「プライバシーの侵害だ」として何らの苦情もなく、在日外国人夫婦らはいきなり訴訟沙汰に持ち込んで「俺の家を覗き見している!」「監視だ!」と被害を訴えて喚き立てている。

...これこそは古牧氏の著書で言うところの「統合失調症」「妄想」という類に該当するのではないか? 同書の見解に沿って言うなら「心の病」に陥っているのは一体どちらなのかと言いたくもなろう。

そうではないとするなら、天野さんご夫妻に対して何らかの思惑を持って、意図的に仕掛けられた訴訟権の濫用であり、まさしく広義で言うところの集団ストーカー・組織的ハラスメントという「近隣テロ」であるとしか思えない。

この後、天野さんご夫妻が陥れられ垣間見ることになる司法の腐敗やご夫妻を訴えた原告側である在日外国人夫婦の背後関係を読み解くに、一層そうした思いを強めたものだ。

ご夫妻が訴えを起こされ、法廷闘争が繰り広げられる中でどのようなネットワークが動いていたと思われるのか、それを思い起こす必要があろう。

単純に「周辺で頻発している不審事件」は妄想で、カメラを仕掛けて周囲を監視と言うのはプライバシーの侵害だろう。いきなり訴訟を起こされても文句を言えない。そもそも、「監視をされている]「盗撮をされている」「自分について悪い噂を流されている」と思い込む事自体、すでに思考内容の障害が見受けられるのだが。天野さんのケースは典型的と言っていい。結構な数の統合失調症患者をみたおいらはそう思う。ただし、おいらはその方面に詳しいとはいえ、所詮精神医学に関しては素人なので、天野さんご夫妻には一刻も早く専門医の治療を受けてもらいたいと思う。

んで、医師でも何でもない有門が天野さんの症状に振り回されている周囲を精神病扱いするのはいったいどういう根拠があって言うのか。彼らは天野さんにカメラを向けられ不安を感じたと言う妄想ではないれっきとした事実がある。本当に天野さんのことを考えているのならば病院へ行くように説得するべきなのだ。しかし、それなら当然カンパは諦めないといけないが。

日本には既に集団ストーカーを組織的に行ない得る「犯罪組織連合」がつくり上げられているという。何やら映画や漫画に出てきそうな「悪の地下組織」を連想してしまい、突飛な印象も受けるが、思い当たる節がある!

私ならずとも右派・保守の運動に関わっている方なら容易に想像が及ぶはずだ。

最初に断っておかなければならないが、ここで言う「犯罪組織」云々...とは刑法で規定されるところの犯罪行為や暴力団などの反社会的団体、または強窃盗グループや麻薬密売グループのようなものを指すのではない。

敢えてカッコ付で説明するのは、広い意味での「犯罪」であり、言わば偏向した思想・信教や特定の教条に従って日本の国民生活を危ぶませかねない傾向について述べている。

天野さんご夫妻が訴えられたケースで登場したのは在日外国人夫婦らが訴訟代理人として雇った、これまた参政権付与や外国人の権利(?)向上を推進する人権派弁護士、その弁護士が籍を置く弁護士事務所と人権団体、さらに法務省および裁判所なる公権力やマスコミとの関わり...。

それが「人権擁護法案」の下に、絶対的な権限を有しつつある『人権擁護委員会』および人権団体なるものではないか?

同法案は部落解放同盟が推進している他、各地の人権擁護委員には銘うての人権派弁護士ら熱心な人権活動家が名を連ねているものと思われる。

それら人権擁護委員に同法案の成立によって絶対的な権限を付与しようと目論んでいるのが同和団体であり、そこに乗っかるのが公明党や在日外国人ら。

そこに公権力までが絡んでくるとなれば考え得る「組織連合体」とは人権擁護法案の下、同法案の成立も見据えて既に組織立った形を形成している『人権擁護委員会』以外に考え難い。

何しろ「人権」が錦の御旗となっている現在の戦後社会において、一たび人権侵害があると認定されれば礼状無しの家宅捜索や捜査、連行、取り調べ、収容が可能になるとまで言うのだから、これが実現することを考えると空恐ろしい。

日本人が「おはようございます」と普通に挨拶しただけで日本人ではない在日外国人に対する「差別」「人権侵害」と認定される事態さえ懸念されているのだから、なし崩し的な「日本人弾圧・粛清」と言える。

到底、人権侵害にも該当しそうにないことでも「人権侵害である」として対象者を監視し、執拗に追い回す状況も予想されるだけに、現段階でも既に集団ストーカーの体質がないとは言い切れないのではないか?

また、各人権擁護委員はその影響下にどの程度の人数、どの程度の人材を各地域に擁しているのか分かったものではない。

確かに日本の国民生活を破壊する、広い意味での「犯罪」と捉えることも可能だろう。

そんなバカなことがいくらなんでも起きるはずがない...とする向きもあるかも知れないが、これまで連載で言及してきた天野さんご夫妻に関するケースでも執拗な集団ストーカーで突き回した挙げ句、巧妙なネットワークの中で裁判での敗訴が仕組まれた可能性が否めないのだ。

ここで再度、連載で取り上げた天野さんご夫妻が直面した司法の場での要所をご紹介しよう。

<中略 />

自宅への防犯カメラの設置が人権の一種とも言うべき「プライバシー侵害である」として突如、近隣に住む在日外国人夫婦から訴えを起こされるなど、常識で考えれば到底通りそうにない訴えが司法において取り上げられる。

次に原告である在日外国人夫婦側の訴訟代理人として登場したのが小町谷育子や古本晴英(オウム麻原死刑囚の弁護人)という人権派弁護士。小町谷が属するのは在日外国人の権利向上に取り組むなど、法曹界の権威とも言うべき名だたる法律事務所『原後総合法律事務所』。

さらに参政権問題でも高名な知識人先生らとともに小町谷を含め同事務所に属する弁護士らが名を連ねる『自由人権協会』と裁判所との関わり。

裁判で法廷に出てきたのは後に法務省民事局長となる「原優(はら・まさる)」なる超大物。しかも裁判は近隣トラブルに端を発する些細なものだというのに合議制に変わる有り様。

一審での敗訴を受けてご夫妻は控訴に踏み切ったものの、続く二審ではまともに弁論さえも認められず、しかもそれぞれ別々の二つの裁判が東京高裁のまったく同じ第15民事部に回され、まったく同じ裁判官がそれぞれの裁判でご夫妻の敗訴を言い渡した。

ここで私は一つの仮説を立ててみた。

天野さんご夫妻に対して何らかの「対日本人包囲網」が仕組まれ、その網に陥れられたのではないか-と。

しかも、それは「反日法案」とも称される悪法の言わば「実験台」あるいは体制づくりの一環として巧妙に仕組まれていたのではないだろうか(まだ法案の成立前であるから民事で済んでいるが、これで立法・施行されれば刑事罰に陥れることも容易に??? 天野さんご夫妻を加害者に仕立て上げるための近隣住民による虚偽の110番通報にも合点がいく)。

そうとでも考えなければ近隣の騒音トラブルから防犯カメラ設置を受けての訴訟、一審判決を受けてのマスコミ(東京新聞)報道、裁判過程における司法の不可解且つ不当とも言えるご夫妻への扱いに至るまで、あまりにも辻褄が合わないことばかりではないか。

さらに恐るべきは現在の法相・千葉景子をはじめ民主党政権の下でどのような反日法案・悪法が成立したとしても不思議ではないということである。

偶然の一致に過ぎないものをつじつま合わせようとして「合理的に」ありえない考えにいたると言うのがまさに思考内容の障害そのものでさ、この分だと有門が精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第二十九条にしたがって都道府県知事による入院措置になる日も近いかもしれない。病院であったらタバコすいながら話くらいは聞いてやるよ。

【追記】やる夫で学ぶ統合失調症 このひぐらし厨の精神科医がかいた「やる夫で学ぶ精神病」シリーズは一般的におすすめ。統合失調症と言う病気が分からない人は読んで欲しい。

不安です

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昨日の未明に癲癇で倒れた。正直外出することが不安だ。

Qさんはスーパーコンピューター ?

<略 />

家庭でも同じ。

私が上手に命令を出せれば、そして、その内容が自分で考えることが必要でないことなら(命令どおりにすればいいだけの事柄なら)、Qさんの能力は遺憾なく発揮されます。

でも、家庭生活や社会生活で、曖昧さのない事柄ってそんなにないですよね?

(特に乳幼児子育て中の主婦なんて、1分ごとに何かしらの状況分析と判断を迫られ、混沌の中で24時間過ごしているので、なおさらだと思います。)

Qさんが失敗なく命令を実行するためには、Qさんにコマンド入力する私が、お天気や気温や湿度にまで気を配って命令を出さなければなりません。

たとえば休日の朝。

窓を開けてほしい場合、命令が『窓を開けてください』だけだと、Qさんは失敗なく命令を遂行できません。

『窓を開けよ』に続く『if』(もし~ならば)の条件を、多数つけなければならないのです。

しかも、延々と、

『もし、雨が降っていたら、雨が吹き込まない南側の窓だけ、10センチメートル開けよ』

『もし、風が強かったら、窓を10センチメートルだけ開けよ』

『もし、気温が15度を下回っていたら、窓を5分間だけ開けよ』

『もし、気温が15度を下回っていて窓を5分間だけ開けた場合は、5分たったら窓を閉めよ』

みたいな感じに...。

システムエンジニアの方だったらよくわかると思うんですが、コンピューターは命令されたことだけしかできないので、さまざまな変化する条件に対応させるためには、考えつく限りの条件を想定して『if』を付け加えるしかないんですよね?

『窓を開けてください』と言った私の意図が、『夜の間によどんだ空気を入れ替えるため』であると伝えても、『if』をうんざりするほどくっつけておかなければ、その条件に適合した窓の開け方をすることはできないのです。

(それとも今のコンピューターは違うのかな?間違ってたらごめんなさい。例え話ですので...)

「空気を入れ替えたいから窓をあけて」という言い方で、

やってほしいこと=窓をあけること

その目的=空気の入れ替え

まではインプットできても、強風かつザンザン降りの雨だったからといって、『窓を全開にしない』という選択はできないのです。

家庭での会話の中で、気の遠くなるような数の『if』(条件)言葉を、いちいち差し挟んでいたら、家事なんていっこもできません!

<以下略 />

一つ誤解があるのだが、世の中のことはあんまり曖昧ではない。わがままひめの指摘どおり条件分岐を適宜追加すれば大体きれいに処理できる。今のコンピュータもやってることは大差ない。しかし、モデリング手法は進化していると思う。

で、だ。なんつーか彼女の旦那さんであるQさんのことが実によくわかるというか、あるある~というか。おいらの仕事よりも家事は格段に難しいと思っていて、マシンは書いたとおりに動くけれども、世の中はそういうわけには行かない。で、このように具体的に書かれるとよくわかる。よくわかるんだけれども。

やっぱりさ、自分がマシンだからといって、全ての相手にエンジニアリングを求めるのは酷なことだと思う。自分が生きている社会は定型発達者の社会なので、やっぱりアスペルガー障害者のほうから歩み寄らなければならないだろう。どーにも「わたしゃアスペなんでお前は配慮しろ」とふんぞり返っているのはどうも。何よりも社会を抽象化して捉えることはアスペさんの方がやりやすいと思うんだけどな。自分の頭の中なんだからさ。

翻っておいらなんだけれども、偉そうに言っておいてなんだがこういうことは苦手だ。このエントリで窓の開け方はよくわかったのだがそれ以外に頭が回らない。んで、条件分岐が深くなればなるほど説明するほうもカリカリ来るが、されるほうもカリカリする。そんなコード想像するだけで嫌だ。で、あるならば仕様を把握している自分の方が一歩冷静になって、歩み寄って自分の理解を説明したり、相手を慮って行動する必要があるのだろう。多分。

最近、イライラしやすい自分を自覚してるので、戒めるのによいエントリだった。しかし、彼女の場合Qさんは自分の仕様を把握していないわけで、苦労はいかばかりか思うが理解の範疇を超える。楽しみに見てるんでご自愛くださいとしかいえない。

【1541】皆と同じようにipodの手術を受けたい

Q: 20代女性です。私はipodがないと不安なんです。音楽をいつもボリゥムを最大にしてイャホンで聞ける状態でなければ電車に乗ることができません。出掛けに忘れたりする事があってとても不便な思いをします。その場合はたとえ約束があっても取りに戻ります。そうしないと音楽をイャホンで聴いていない状態で外出を長時間続けると背中やこめかみ足の裏掌に汗をかいてきます。不安で顔を上げることができません。なるべく他人に見られないように脇をしめて肩幅を縮めて両肩のラインより後頭部を上に出さない心持ちで早足になっていきます。そうして早くこの状態から逃れるためにipodのところへ向かいます。この時が最も危険で心臓の鼓動も早くなり耳鳴りと頭痛で倒れそうになってしまいます。光の粒が頭の周りを囲むようにたくさん浮遊しながらジグザグに降りてきます。その数が段々増えてくるとまた動きも早くなり、見てはいけないと思いながらもつい目で追ってしまい眩暈を起こして転んだ事もあります。また出かけるときになってipodを用意していると充電が不十分ですぐに電池が切れてしまいそうな時があり、出かけるのを中止してしまう事もあるのです。出先で電池が切れてしまったら恐ろしくてどうしていいのかわかりません。ですから電池が満タンの時でも常に充電するためのコードを持ち歩いています。コードはカバンの底の進行方向右手のポケットの中とカバンの外ポケットの中と肩掛けベルトの中に(縫い目をほどいておもて地と裏地の間にはさみ込んで軽く縫い合わせてあります。我ながらとてもうまく考えたものだと思います。)、それぞれ計3本を常に持ち歩いていて不測の事態に備えています。しかしご存知かもしれませんがipodは充電式なので電池が切れてしまった場合はたとえこうして充電コードを持っていてもコンセントがなければ意味がありません!そのことを考えるとまた掌が湿ってきて心臓も早くなり息を吸っても苦しくなって耳も聞こえなくなってきて頭が朦朧としてきてしまいます。みんな他の人は平気なのでしょうか? 私だけがこんな風になっているのでしょうか。

最近よく思うのですが耳にイャホンやヘッドホンをつけてなくっても音が直接聞こえる新しいバージョンのipodが出ていてみんなはそれを使っているので平気なのではないでしょうか?そしてその新しいバージョンは直接頭脳に音楽が聞こえてくる仕組みでもちろん手術で頭の中に埋め込まなくてはいけないでしょう。高いのではないでしょうか。今の私には新しいバージョンで手術を受けるだけのお金が用意できないでしょう。でもとっくにみんな多くの人がその手術で新しいバージョンになっていてそうしたらどんなに楽しくて快適でいやなことがひとつもない暮らしなんだろうと羨ましくて悲しくなってきます。相談できる友人にも聞いてみたのですがそんなことはないと私だけではないと言ってくれるのですが私はやっぱり信じられないのです。その友達がイャホンをしていないのに音楽が常に流れているように楽しそうに笑ったりしているのを見ると憎くて裏切られた気持ちになってきます。私だけが新しいバージョンの知らせを受けていないのでしょうか?ご存知かもしれませんがipodはパソコンに繋げると時々新しいバージョンのお知らせが来たりします。ある時私は間違ってその時のお知らせをいいえでクリックしてしまったのです。その日からお知らせがくる回数が随分減ってしまっているようなのです。その友達のパソコンを覗いたことがあるのですが私に来ているよりもたくさんのお知らせが来ているのです。もちろんそう言って見せてくれるように頼んだのですが友達は意地悪でそんなことはないと見せてくれなくなりました。どう考えてもその時を境にパソコンのガードが固くなったとしか考えられません。クリックでいいえをしてしまった(たとえ間違っていたとしても)場合はその人に絶対に情報を教えてはいけないというようなお知らせも同時に送られているのかもしれません。私はしてしまったのでもうそのお知らせも見る事ができませんが。どうかいいえをクリックしないままでそのお知らせを見せてもらえないでしょうか。そしてあたらしい最新の直接聞こえてくるタイプのバージョンの ipodの手術を受けさせてもらえないでしょうか。万一お金が高くて足りない場合もこれからちょっとずつ貯金をしていくのでその具体的な情報が知りたいのです。お願いします。

これは久しぶりに林先生宛のすばらしいスマッシュヒット。

耳にイャホンやヘッドホンをつけてなくっても音が直接聞こえる新しいバージョンのipodが出ていてみんなはそれを使っているので平気なのではないでしょうか?そしてその新しいバージョンは直接頭脳に音楽が聞こえてくる仕組みでもちろん手術で頭の中に埋め込まなくてはいけないでしょう。

これは妄想です。

と一刀両断しているのも素晴らしい。しかし、この手の妄想を抱えている人は常にいて、そういう人間は一般人が相手にするよりも一刻も早く専門家へ見せるべきです。ましてや「一緒に戦いましょう!」と騙して金をふんだくっていいはずが無い。

まあ、鬱病というのは辛い。んでも生きていかざるをえない。健康な人とのギャップをどうやって埋めて行くかというのは永遠の課題だが、特に答えがあるわけじゃない。患者個々人が苦しんで生活をするしかない。

モノ言う、うつ病の人間は、黙るしかないのか?

わしもなぁ、だいたい、重度のうつ病とカミングアウトして、政治経済ブログで、健常者にケンカを売る。

だから、おまえが悪いのだろうと、言われたら元も子もない。まして、自己責任論をブツ人であれば、絶対に理解できない。

わしは、有休を使って2ヶ月ほど、休んでから、通院し、服薬治療しながら、一度、復職して、1年と2ヶ月は、働いたのだ。でも、もちろん、うつ状態で働いていたので、結局、無理しちゃって、自爆した(苦笑)。却って、悪化した。

その時の、反省なのだが、ちゅうか、自分が、精神病にかかるとは、思ってもいなかったから、自分がどうすれば良いのかも、回りが、どうであるべきかもわからなかった。

だから、復職中は、苦しかった。精神病自体に、強い偏見があるのも事実。また、日本で、著しい無理解があるのも事実。だから、職場での、回りの人たちの対応は、想像以上に厳しいものだった。

確かに、優しい人もいて、かなり、配慮してくれる人はいた。残業が禁止され(笑)、必ず、9時間拘束、8時間労働で帰された。

しかし、今のコスト削減至上主義の世界で、余裕のある職場なぞは、希少価値である。

職場の上司、上長を含め、アルバイトまで、みんな、わしを平等に扱ってくれた。これは、正しいと思うだろ?

しかしね、例えば、足にケガしてギプス付けた人が、健康な人と、同じスピードで歩けるわけが無い。平等に扱うと言うのは、つまり、ケガをした人に、同じスピードで歩くことを許す、これは、同じスピードで歩けと、言ってることでもあるのだ。

普通は、ケガして歩くのが遅い人に合わせてくれたら、助かるのにね。

わしをこのネット上で、平等に扱ってくれる人がいる。そういう人は、必ず、とても優しいのだけど、わしが、健常な人を批判するものなら、容赦無く、わしに反撃する。

ケンカを売るのだから、悪いと思うだろ? でも、それは、きっと意見を言っても、ダメと同じことでしょ?

平等に扱うという、理由で、健康な人と同じレベルの反撃をしたら、どうなると思う?

それは、平等でも、何でもない。上に上げてくれてるだけで、決して、上から下りて来てくれない事なのだ。下に降りなきゃ、助けられないでしょ?

これは、実は、弱者問題を考える、重要なポイントで、何も、うつ病のわしだけの問題ではない。

見た目に傷が見える人には、優しいのに、どうして、心に傷があるとわかっていても、その傷口を叩くことはできるのだろう?

ま、実は、もちろん、わし自身も、その事を深く考えながら、弱者との連帯を謳っているが、実際は、まだまだ、そのレベルには達していない。

でも、他のブログで、病人は、政治のブログは書くな! 黙って、ネコの写真をUPしてろ!と、攻撃されてるのを見て、わしは、自分の身も顧みずに、役立たずだったが、応戦したのだった(苦笑)

ま、NHKが放映していた、5月の下旬から3週連続して3話完結のドラマ、「ツレがうつになりまして」を、下らないと、見れないようでは、精神疾患者には対応はできない。もちろん、対応できても、カウンセラーになれるかどうかのスキルアップぐらいしかならないけどね(笑)

わしは、これから無謀にも、キチガイ言論テロリスト! モノ言う、うつ病人間である。うつ病の人間には、表現の自由は無いとは言わせない。

久々にストレートに腹が立った。この手の「僕は鬱病なんで大目に見てください」と誰彼構わず主張する一方で自分の自由(権益といっていい)を犯されることを一歩たりとも容認できない人間が、鬱病患者に対する偏見を増大させ、鬱病患者全体の利益を損なっている。

一般的に身体障害者や知的障害者に比べて精神障害者に対する福祉はなおざりにされがちなんだけれども、これはたぶん福祉の根本が「可哀想だと思う気持ち」から発声しているからだと思う。目の見えない人、車椅子でしか移動できない人に対しては皆が「可哀想だから何とかしてあげたいな」と思いやすい。だから、公共の場では配慮がきちんとなされていいるし、身の回りの人も助けて上げやすいだろう。これはまあとてもいいことだ。

で、精神障害者に周囲が比較して厳しく当たるのはあんまり「可哀想」と思ってもらえないからだと思う。特に身体能力に影響があるわけじゃなし、ぶっちゃけ頭おかしいしさ。

でだ、健常者に対してケンカを売って、相応の対応をされて、「僕は鬱病なんだからやさしくしてください」ってか。そんな人間に優しくする価値なんかねえよ馬鹿。閉鎖病棟にでも入ってろ。この屑。表現の自由を振りかざすなら相手の表現の自由を何故考慮しない? なんで、お前の(多分)キチガイな妄想を肯定しなければいけないんだ? それに対し反論する表現の自由は当然相手にもある。第三種精神障害者福祉手帳は特権階級の身分証明でも免罪符でもない。そんなんおいらも持ってるよ。

多くの鬱病患者は周囲と自分とのギャップの中で、それでも自分にできる方法で社会にコミットして、生活して行こうと必死なんだ。健常者の社会だから結構大変なんだけれども、それでも同じように毎日がんばっている人の話を聞いたり、聞いてもらったりするとちょっと元気が出る。おいらが今までに人にかけた迷惑を累積で考えたらもう今すぐ飛び降りたくなるけど、それでも今支えてくれる人がいるから今日も生きていける。そして、今支えてくれる人は僕が謙虚に自分を受け入れてできる範囲で誠実にやってきたから獲得できたものだと思うのさ。だから、おいらはこれからも皆とおなじ土俵に上がる続けるよ。お前はそこでふてくされて見てろ。

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