まあ、新年なんで今年の抱負とかやりたい事なんかをいろいろ上げてみたいわけですよ。つーか今年で0x24歳なんで今更何かが大きく変わるわけじゃないんですが。
- 現政権ネタはあまり追わない。
- androidアプリ開発
- 史的考察を充実させたい。
- もっと山に行きたい。
- 金沢を見に行きたい。
いやだってさ、毎日毎日ものすごい勢いでおいらを欝にするからもうあの連中のことは考えたくないんですよ。いまもtwitterをフォローとかしてるけど、何言っても「死ね」とか「馬鹿が」とかしか思えない。さっさと首吊って死んで欲しい。文句いい切れない。直接突っ込むんじゃなく、それをマンセーしている人間を嘲笑うというか間接的にならあるかも。
他方、技術面ではこれをやりたいなあ。自分で動かせないと面白くないので入手後になるけど、auの春の新機種で出して欲しいところなんですが、でなかったら真剣にdocomoに乗り換えることも考慮。
ん、まあなんというかそろそろゴルバチョフの7年間も史学のフィールドに載せてもよいかと思うのですよ。大学時代にはまだホットな歴史だったから評価というレベルには至れなかったけれども、この人に対して公正な評価というのを下してもいい時間が経過したと思っています。年末年始に当時の史料など結構読んだけど、ここで少しずつまとめていきたいなあと思っています。あとやっぱりベルサイユ条約から東京裁判にいたるまでの日本の歴史をもう少しちゃんと考察してみたいですね。なんかもうちょっとやりようがあったんじゃないかとは常に思っていたけど、なぜその他の道を歩けなかったのか。それは今よりも本当にいいものなのか。それを考えていきたいです。太平洋戦争はぼくたちの失敗だった。その失敗を繰り返さないためにはどうすればいいのか。
今は雪が凄いので行きませんが、春からまた山に行きたい。昨年の九月に甲斐駒ケ岳を黒戸尾根から登ったことは大きな自信と経験になったので、今年は北アルプスまで足を伸ばしたい。もちろん、近場の秩父、日光も疎かにしないで。今年の目標は劔岳。あと、奥秩父主脈の縦走。体力をつけなければ。
今年はJFLなのでツエーゲン金沢を首都圏で見られるのが嬉しい。松本山雅との因縁対決も見たい。何時までも富山の後塵を拝するワケには行かない。しかし、浦和も今年は本気で戦って欲しいものだ。
と、まあこんな感じ。全部できるとは考えていない。足りないのは体力でも経済力でも無く精神力。初志を貫徹できる強い心が欲しい。

はじめまして。
ムキンポさんという方の掲示板で貴ブログを知った者です。
文章を読ませていただき「なるほど」と納得することが多く、日頃の自分の考えの間違いに多く気がつくことが出来大変勉強になりました。ありがとうございます。
私自身の思想信条は「左翼」(共産主義)に属するのですが、それは私の思想信条であり、別段他者に強制するつもりはありません。とはいえ自己研鑽は必要だと思っていましたので、このようにして他の思想信条をお持ちの方のご意見を拝聴させていただけることは大変ためになります。
今後とも楽しみにさせていただきたく思います。
寒い時期がつづきますのでお身体ご自愛くださいませ。
突然のメール失礼いたします。
早々
>赤いたぬきさん
ちわ。忙しい時にはコメント返しが遅くなるのでご容赦頂きたく。
んで、件の掲示板を拝見して、紹介されてる記事を確認して、おいらのあの連中(在特会などの「行動する保守」)に対するスタンスを明確にしておくべきかなあと考えました。
主張と趣旨自体はそれほど間違っているとはおいらは思えません。しかしながら彼らの正しさというのは「外から帰ってきたら手を洗いましょう」というレベルの正しさで、反対のしようがないものです。「日本の歴史を正しく知ろう」「法律に則って行政を行おう」どれも当たり前なことです。
しかし、仮に正しい主張であっても「洗わない手は切り落とす」見たいな手法で手洗いを励行するのは間違ってるように、それに反対する人間を数と声で威圧するやり方は絶対に間違ってると思います。つーか、おいらは生理的に嫌悪感を持ちます。これはいわゆる左翼・リベラルと呼ばれる人間に対しても全く同様です。しかし、あの連中は主張していることは間違っていないからこそよりたちが悪いと考えます。
さらに言えば、彼らはとんでもなく頭が悪いです。上に彼らの主張している事は正しいと書きましたが、逆に言えば誰にでも言える程度の主張しか持ち合わせていません。また、知識や哲学のバックボーンもないのでその薄っぺらさを「行動」で補うほかないのです。そして、彼らは民主社会には絶対に受け入れられません。民主社会は信用出来る人間によって成り立ち社会です。あんなバカ連中を信用する人間はバカだけです。そして、さらに行動力と声の大きいバカについて行けない人間は離脱します。ちょうど新風が彼らと距離を置き始めたように。この1年間おいらが見ていたのはいうなればバカの蒸留工程です。さらにそこに最近では統合失調症患者も混じっています。
次に、いわゆる左翼について思っている事を述べます。
人間は誰でも優しさを持っているので、困っている人を助けたいとか、不条理な目にあっている人に手を差し伸べたいとか思う気持ちは自然な物だと思います。ですから、そのように活動する人がいることは理解できることだと考えています。しかし、人間誰でも優しいわけではありません。弱い人や困っている人を踏みつけにする人間も当然のように存在します。また、そういう人達に対し特に何も感じない人もいます。もちろん、行き過ぎた行為には合意によってルールを形成していく必要があるのですが、それもまた行き過ぎてはならないと思うのです。
優しくならない自由もあるべきだと考えます。社会は弱い人、優しい人だけの主張のみでルールを形成するべきではなく、強い人、優しくない人、すべての立場の主張を収斂して合意を形成するべきです。社会はそれが社会にとって必要なものならばその優しさを取り入れる柔軟さは十分にあるとおもうのです。
さらに日本のいわゆる左翼に不信感を持っている理由なのですが、単純に平和や人権や弱者救済などの方法論が間違っている事だと思っています。細かくは述べませんが、左翼全般に思っていることと、日本の左翼に思っていることが若干異なっていることは主張したいと思います。
来ていただくのは大いに歓迎します。おいらも左翼の方と話をするのは自己研鑽になると思います。まあ、そんなたいしたもんじゃなくて単に興味があるだけかもしれませんが。それになにより、おいらはローザ・ルクセンブルクのあの言葉が大好きなのです。
Freiheit ist immer die Freiheit des Andersdenkenden.
>知識や哲学のバックボーンもない
ついでにユーモアのセンスも、数年前にとあるジョークサイトに本気で突っかかってたのを見て嫌な予感はしてた。
喚いて暴れるのは楽さな、己もこの衝動を肯定したくなる時がある、しかし、だ
「それは人の在り方としてオッケーなのか」と思って踏みとどまっている。
>思想信条
(恐らく日本に於いて)右翼左翼保守リベラルという分類にあまり意味がなく
「互いに話を聞いて有効な意見交換ができるか」
「一方的に手前勝手な理屈を押し付けたがるのか」
「情報や知識を検証、補強してそこからアンサーを割り出そうとするか」
「自分の都合や願望を肯定してくれるものを追い続けるのか」
の差があるだけなんじゃないのかというのが現段階のアンサーとして提示します。
一応補足として
突っかかったのはネタと解らずに読んでいきり立っちゃった人たちで
特定の個人ではないというのは書いておく。
後は
「互いに話を聞いて有効な意見交換ができるか」
「一方的に手前勝手な理屈を押し付けたがるのか」
と
「情報や知識を検証、補強してそこからアンサーを割り出そうとするか」
「自分の都合や願望を肯定してくれるものを追い続けるのか」
とこうした方が良かったなぁ。
>初志を貫徹できる強い心が欲しい。
モチベーションを強く維持するのは難しいのう。
>杭打ち機さん
ユーモアと言うのはある程度知識や教養が必要になるので、
かれらにそれが無いのは不思議な話ではないと思っています。
>「それは人の在り方としてオッケーなのか」
そうですね。少なくとも言論、思想の自由が保証されている社会においては「オレの話を聞け」と暴れるのは間違ってると思います。人として。
しかし、中にはその手の羞恥心が存在しない人間もいて、リミッターが外れているゆえに強大な力を振るう人間もいます。その手の人間を排除しないと人は共通の土台には乗れないのではないか?
しかし、そういった人間でも対話の土壌に載せないといけないのではないだろうか?
とか、いろいろ考えています。
初志を貫徹するのは難しいのです。